昨日は岡崎城近くの味噌屋「角久」さん、隣の旧家に改装工事の依頼を受け現地確認に行っ
て来ました、昭和7年完成と聞きました、個人の家ですが料理屋さんのような作りの家です、
材料は本当に銘木ばかりを使用してある、贅沢なつくりです、
古い写真を見せて頂きました、祖祖父は明治の時代に衆議 議員だった、「洋服を着た写
真」祖父は経営者、「勿論洋服を着た写真ばかりですが普段着は着物でした」
父は国家公務員「学校へ行くのに毎日人力車で行っていたとの事です」転勤族の家柄です、
庶民は下駄を履き、着物を着ていた時の服装と大きな違いを感じてきました、
凡そ15年位建物維持管理を十分にしてこなかった為に傷みが多い箇所があります、又70年以
上過ぎますと銅板の屋根葺きは寿命が来ています、「銅板は50年位が限度ですね、」銅板の
屋根から雨漏りしている→結果室内の壁が痛んでいる
谷樋に木の葉がつまり雨もりしている、結果天井板が痛んでいる→シミに成っている、
軒樋が傷み無い箇所が多くある
鉄筋作りの陸屋根雨もりする
今後の直し方として
1−痛みがひどい箇所を解体切り取りする、切り取り箇所外壁+屋根を修復する、
2−銅板屋根を葺き替える→外部のシックイ塗り替える+室内のシックイ壁塗り替える、
谷樋取り替える→瓦を谷の部分取る→痛んでいるはずのタルキ取替える、野地板取り替える
→新規に谷樋取り付ける→瓦取り付ける、
3−軒樋全て取り替える
4−陸や屋根雨もり直す→現在の材料をすべて取り除く→下地新設する→シート防水新設する
今後見積り書を作成した後協議をし、順に作業を進めていきます、工事期間は一年以上掛か
るでしょう。
大工仕事=8
昨日は木の木口を見るだけで木材の樹脂を見分ける「現在では当然の事ですがね」事を加工
する時に覚える、又木口を見るだけで木の優しさ堅さを見分ける事を教えて貰いました、
現在の学校教育では虐めと思われる事かもね、虐めではなく心ある体を張った教え方と思え
るかですね、仕事を覚えるのです虐めと思われることが合って当たり前です、一番大事なこ
とは「棟梁が何時も言われていました、仕事を教えると言う事は自分の競争相手を作ること
だと」言われました、自分の競争相手を作るのに優しく教える馬鹿が何処にいますか、現在
の学校教育が間違っている、人間社会必ず虐めはあるのです、虐めに負けない人間になるこ
とです、
小僧同士が競争する事で覚えるは早く成る、技術は上達する→競走の中に入ってこない小僧
はそれなりになる、
私はそれなりに覚えたから新しい家つくりになるととにかく一番に行く丸太梁の墨付けをま
ずする→丸太梁を加工するこの仕事は大変楽しかったです、
冬場建前仕事が無い時は造作仕事です、造作仕事では木取りが多かったですね→棟梁が認め
てくれまで木取りです、造作仕事の基本は木取りです、木取りが出来ない小僧は取り付け仕
事は回ってこない、ここでも木取りをする事で材料の良い悪いを見極める事になります、木
取りが出来ると言う事は材料の高価なことも解かる用に成ります、基本です基本です、現在
ではこの基本を全て道具がします、しかも早く正確に加工します、従って現在の社員は体で
覚えると言うよりも知識と応用で覚える事になります、此れからの大工は体力勝負では遺憾
時代です、知識が多く入る時代です、
昨日は平成一年に新築された鉄筋の建物の「凡そ述べ床面積70坪ほどの2階建て」内装を
私が新築工事を3年前に完成させたお客さんのお姉さんの家です、お客様に同行して貰い打ち
合わせを9月17日させて頂いた内容を見積り書に仕上げ説明に伺う
今回改装させて貰う予定の見積り書提出→見積書の内容説明をさせてもらいました、仕事内
容は天井+壁仕上げ現在クロス仕上げに出す→クロスを剥がす→自然材をパネル工法にて取
り付ける工事です、
今回の総工事費は360万円位です、
クロスが良い悪いではないが自然木に関心を持って頂き喜んで仕事させて貰います、
一通りの説明を終わり実際の施工途中の現場を見てもらいました、結果として工事をさせて
貰います、工事に掛かるは12月15日以後の予定です、工期は現場で10日間くらいです、
工事受注有難う御座いました
大工仕事=7
大工の小僧時代に戻ります
私の小僧時代は小僧同士で良く競走をしたものです、
束のホズを一人何本ずつ作れると何時に終わるからなと兄弟子が指示を出す、ココからが兄
弟子の本領です、2年以上大工仕事している兄弟子はドンドン束を作って行くが一年生は束を
作れない大きな差が出ます、兄弟子10本に対して一年生は1本ですかね、とにかく差が多く発
生します、これも原因もあるます、兄弟子は杉の木を又長い束を作ります、小僧には兄弟子
が桧木材の短い束を与えてくれます「これは今で言う虐めです」小僧時代はこんな虐めは毎
日ですこの虐めを克服する小僧はドンドン仕事を与えられる→仕事覚える、克服しない小僧
は新しい仕事を与えられないから→仕事はそれなり大きな差が付きます、柱を削る時も同じ
です一人何本削ると割り当てられます、ここでも同じ事が発生します、兄弟子は節の無い赤
味の多い削りやすい柱を削る、「また隣に削りやすい柱があれば一度に2〜3本先に取ってお
く」小僧は節がる削りにくい柱を削る、柱が山に成っている、兄弟子は柱の名前を見て削り
やすい柱を持つ小僧は名前を見ても解ない一番自分に近い柱を選ぶ削りにくい柱です、この
虐めのように見える行為が実は虐めではないのです、木の木口を見るだけで木の性質を読み
取る知識を持つようになります、全てが合理的になっている、
この合理的な教えは競走から始まっています、良く競走が出来た事が今現在の私ですかね、
良い棟梁に恵まれました感謝、感謝です、
現在新聞紙上でも報告されているように国産材の値上がりが大きく近い内に住宅建築工事費
用を上げる建築会社が多くなるでしょう「工務店によっては昨年比較すると5%位値上げした
工務店もあると聞きます」今後この流れは変らないでしょう、また建築業界に入ってくる若
い労働者が少ないですね、現在建築業界に入ってくる若い労働者は塗装工などより単純労働
する若者はまだ居ますが技術を必要とする大工、左官職は特に少ないですね、
労働に対する対価が良くないと言う事ですね、もう一つは大工さんの働く条件が請け負い性
の中で悪いと言う事です、現在の住宅メーカー仕事は大工技術を要しない組立工に近いから
です、これも鶏が先?卵が先?の議論になりますがね、基本としては大工さんは規模が小さ
く「一人親方が多く、また、手間請けが多く若い職人を育てる余裕が無い」
此れからの大工さんは仕事の保障をされた所で請負でなく年間の給与を保障された所でない
と育たないと思う、だがまだまだ大工を目差す若い人の中には独立目的が多いからやはり若
い大工希望者の働く所は少ないかね、話が横道になりましたが、翌年は現状のままの資材単
価であれば住宅の工事費は必ず上がるでしょう。上がらない時は住宅メーカー同士の体力勝
負になるでしょう、体力無い所に注文しないが良いかも?
大工仕事=6
大工仕事で一番大切なことはヘッチン大工になるなと棟梁やお客様から良く言われたね
「ヘッチンとは一軒の家の造作工事をする為には見せる所には自分の持っている技術を全て
出す時間を掛け過ぎる位掛ける、強度を確保すれば美しさは要求されない所に時間を掛ける
な、メリハリを付けた仕事を出来ない大工=ヘッチン大工」
お客様が求めている仕事内容を良く理解が出来るかどうかです、
大工仕事は物つくりです→お客様の予算に合わせた仕事をする事です、「但し建物としての
強度を守った上で」この言葉小僧の頃には聞かなかった言葉ですが棟梁の所を出て他の工務
店で働いた時に言われました、
私の棟梁はの仕事は大工の工賃は「手間代金」掛かっただけお客様に請求する家つくりです
=一軒終わるまでの手間代金は終わらないと解りません、「お客様は家が完成するまでの工
事金額は決まってないのです」工務店は家つくりの金額をお客様様と決める請負契約をした
上での仕事が進むから予算に合わせた手間を掛けた仕事をする用に指示された、=これが小
僧の頃言われたヘッチンに成るなと言う事でしたね、
棟梁の所を出てからは大工の世界が全然が違いましたね、全てが請負仕事でした→一日何円
の棟梁のところと一軒作って何円の所では仕事の中身が違うね、「これは言葉では中々表現
できないです、
10月20日は木のフオーラム主催
当社社員と私の6名参加 高速道路使用し片道3時間のドライブを兼ねた「帰りは木曽福島駅を6時30分に出発になり景色は見えなかったです」
木曽谷の国有林「木曽森林管理署」の職員の方々に赤沢自然休養林内の色々と説明いただ散策してきました、赤沢自然休養林の素晴らしさを教えて貰いました
又、木曽桧の生産現場を見学+へぎ板作りの実演現場見学させて貰いました、
へぎ板はお茶室に使用されることが多いです、今年豊田市常磐町の鈴村様の現場では「江戸時代に作られた茶室の天井に使用してありました」
木曽桧のよさを十分に私なりに理解が出来たと喜んだ一日でした、
見ることで当社の社員も「大工」今後に生かせる時が何時くるはずです、
当社では現在木曽桧を使用してないです、「三河の木と比べると高価な為です」
大工仕事= 4
私が一番嫌な思いしたお客様の息子さんが「私よりも3歳年上でした」自宅の建築に合わせ渡り職人の手伝いする事が目的で私が不用と言うことが後から解りました、私の取っては後々大変良い事でした、何故ならこのお客様の息子さんに負けては遺憾と競争心が付いた事が大変よかったです。
仕事内容を、私がお世話になった棟梁の専門用語で書きます=不明点がある方は連絡下さい私なりに内容を説明報告します、
兄弟子と柱の木取り仕事を遣らせて貰い、→小僧が柱を木取りする→棟梁が墨付ける→小僧が刻みする。
全ての仕事が兄弟子や棟梁が施工する材料を木取りする+加工する事が大工仕事の原点です、
丸太梁のハツリ仕事「体力勝負です」私、体は小さいが骨格はシッカリして居ると自己満足しています親に感謝です」→墨付け=私はこの仕事が大好きでした「今でもこの仕事が大好きです」理由は丸太は使用する大工の考え方で完成したときの顔が全て違うからです、大工の完成で丸太は使用する=大工の個性が出るから好きです、
私が棟梁から任され一番初めに立て建てた家は平屋建て18坪程の住宅でした、
10月1日に弟子入り→翌年4月の建前でした、梁を納めるまでは順調に建ちましたが梁上の束は全て同じ寸法長く、現場で全て直しました→昼飯を5分ほどで食べ直ぐに直し作業した、「兄弟子が手伝ってくれ50分ほどで直した、」44年過ぎた今でも鮮明に覚えています、
残念な事は私が建てた家が現在は2階建ての70坪ほどの家に変っていることです、
大工仕事は真剣に取り組めば半年あれば家は建てれると言うことです、現在私の所に大工をやりたいと言ってくる入社してくる子達は十分に飯が食えるから家が出来ないですね、私の時代と根性が違います、今の子は今では根性が有るんだと思うが私から見ると根性が無い、=毎日美味しいご飯が食べれる人間と食べれない人間の差ですかね、
次回続きを書きます、
今日は木造3階建て完成した内装写真を4時間掛けて写真撮影してきました
なかなかの写真になったと思います、自己満足です
ホームページに今月中に掲載予定です11月にホームページ確認してもらえると有りがたいです、以上
大工修行 = 3
今日は大工になり一番辛かった事を書きます、
10月1日から築山耕一 棟梁にお世話になり 10月中旬から11月中旬まで農業の手伝い
をしました、実質大工仕事は何もしてないと同じです、
11月も中旬を過ぎると小僧が遣れ仕事が無いです、「建前を12月は遣らないんです→建
前をした後左官さんが土壁を付けるまでに一ヶ月以上掛かるから、土壁を付けると土壁が凍
るからです、土壁が凍るとバラバラと土壁は落ちてしまうから、土壁の強度又除湿の力が無
くなるからです」
一番辛かった事はできる事が無いお客様の家で仕事させて貰うわけです、兄弟子がいない渡
り職人と一緒に仕事する事になりました、遣れる事がない私はお客さんから棟梁に榊原は明
日から来なくて良いと連絡が入り現場から返されました、本当に嫌な思い出です一番辛かっ
た思い出です、62歳になった今でも思い出す度に悔しいです、翌日からは親方と一緒の現
場で仕事する事になりました「今思うと棟梁も辛かったと思います」
大工の小僧は当時 中学を卒業後4月から棟梁にお世話になる事で冬には少しは道具の使い
方を知り冬場に遣れる事があったが私の場合は実質は11月中旬ですから遣れ事が無かっ
た、
4月からお世話になると11月までに鉋掛けが少しは出来る用に成る、穴堀が少しは出来る
用に成る→冬場兄弟子や棟梁に下働きが出る、これは私が途中からお世話になった事が原因
でした、後に成って解った事です、
現在当社も転職してくる社員が多くいますが私が小僧に入って辛かった事は絶対にさせたく
ないからさせません、
一番辛かった12月翌年1月が終わり3月の建前に向けた仕事を2月からする事になり小僧
の私が遣れる仕事があり一番辛かった事はこれきりでした、
楽しい小僧時代が始まります